追悼


私が社会に出てから20年以上、アップルの製品に触れなかった時間は最初の2~3年程度です。今はWindows主体のワークスタイルになっていますが、それでもiBookやiPad、iPhoneに触れない日はまったくといっていいほどありません。

就職して2年ほどで会社を移り、効率が何十倍にもなるし仕事さえあれば売上げが何十倍にもなると言って、Macと沖電気のMicroline、モリサワのフォントなどを何百万もかけて導入してもらいました。
仕事のあとによく飲みに行ったりしていましたが、事務所に泊まって徹夜でPhotoshopを触っていたのを覚えています。目にしたことのないようなグラフィックを作り出すことにとても興奮をしていました。当時のマシンにはFDのドライブしかなく、カラーのプリンターもなかったので、作り出した作品を簡単にアウトプットすることができず、モニター画面をカメラで撮影したりしていました。

その当初、Macintoshは私の生活のほぼすべてと言ってもいいほどでした。友人が車やバイク、女の子とのデートに興じる中、私は薄給のほぼすべてをアップルコンピュータや高額なアプリケーションの解説書、雑誌などの購入に当てていました。いまでいうと完全な「オタク」だったと思います。

会社から帰ってすぐ、自宅に買ったMacintoshを立ち上げ、電話帳ほどある漢字TALKのバイブルを読み、QuarkやStrata Studioのマニュアルを毎日寝落ちするまで読みふけっていました。
その時は、Macintosh自体への興味よりも、なにかクリエイティブなものを生み出したいという強烈な欲求に駆られていました。Macintoshは、そういうことを可能にするための唯一で絶対的なツールでした。

発売されるMacintosh関連の雑誌も、すべて買っていました。
そこで読むスティーブ・ジョブズ氏の経歴や行動にも、とても魅了されていました。その当時の私のテーマは「創造的破壊」や「予定調和の破壊」といったもので、どこか反骨的な側面にも、一方的に共感したりもしていました。

タイポグラフィーに傾倒している点も似ていて、氏の哲学を形成する土台になったとされる「ガレージカルチャー」や「ヒッピーカルチャー」なども、恐らく多くのデザイナーと同様、興味対象がフィットしていました。
学生の頃から私は強いビジネス指向もあって、ビジネスにおいてもスティーブ・ジョブス氏が成功しているという事実は、その世界に少しでも関わりたいという動機を強めたりもしました。

もともと私は小学生の高学年あたりからオーディオ製品のプロダクトデザインにとても興味があり、B&Oやナカミチ、DENON、ONKYOなどの高級オーディオのデザイン、特にインターフェイスに魅了されていました。

Macintoshというプロダクトは、仕事のための、生産のための道具でありながら、使いこなせるようになるに連れそのプロダクト自体がもつデザインや画面の中に移り出されるインターフェイス自身の魅力にも惹きつけられていきます。それらに触れること自体が、幼い頃に感じていたのを同じ歓びを生み、いまでもそれは続いています。

Macintoshを使い始め20年以上たった今でも、アップルの製品は、私の生活の中で私をとりまき、初めてMacの起動音を聞いた時と同じような「わくわくした気持ち」をずっと抱かせ続けてくれています。

そして今では仕事だけでなく、音楽を聴いたり、本を読んだり、映画を見たり、ニュースを読んだりと、iBookやiPad、iPhone、AirmacExpressといったアップルの様々なプロダクトが私のライフスタイルを少し豊かなものにしてくれています。

Dear Steve,

あなたの生み出した製品を好む、もしくは愛しているユーザは、いまや世界中に星の数ほど存在すると思います。あなたがいないことの喪失感はとても大きいと言わざるを得ませんが、私を含めたユーザの多くはあなたが思い描いたビジョンを、製品を通して間違いなく共有していると思います。
そして、アップルに残された人やあなたに影響を受けた後出のアントプレナーたちもそのビジョンを引き継ぎ、すばらしい製品やサービスを生み出していくのだと思います。

あなたが描いたビジョンはまだこれからもずっと続いていくのです。
だから、どうぞ安らかにお休みください。

心よりご冥福お祈りいたします。


あなたの知らない、あなたのビジョンに深く共鳴する1ユーザより。

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